ミャンマーを旅行する前に、ミャンマーの軍事政権が何か気になって調べたら今でも全然解決してなかった件。




僕がオーストラリアのワーキングホリデーを終えてから、直接日本に帰国せずにアジアを旅する理由の1つにホリエモンの書いた本「君はどこにでもいける」の影響があります。

世界情勢(とりわけアジア)を知るのに最適な本で、マジで教科書になった方がいい位。

電子書籍でこの本を読んでから東南アジアの経済について興味が湧き、

特にインドネシアの人口が2億人を超えASEAN最大であることも、

若い人の人口が多い人口ボーナスについてなどを知らなかった僕は、

実際にこの目で新興国の発展現場を見てみたいという想いから、オーストラリアから直接帰国せずに東南アジアを回ることにしました。

タイの次に向かった先はミャンマー

 

さぁ僕がタイの次に向かったのはお隣ミャンマーです、人口は5200万人の多民族国家で人口の約6割をビルマ族が占めている国。

ばな
ミャンマーってどこっ??
て思う人も多いでしょうそれもそのはず、1989年に国名をミャンマーに変更した歴史があり以前の国名はビルマ

近年ではおよそ半世紀にわたり軍が実権を握っていて、軍事政権が没落したのはわずか2年前の2015年です。

では軍事政権没落後は平和が訪れたかと言えばそれは否。

news week 2017,3月号表紙より

現在でも、バングラディッシュとの国境付近にはロヒンギャと呼ばれる多くの難民が弾圧に負けじと生活してます、それももともとミャンマーに住んでいた人たちなのに「国籍法」と呼ばれる事実無根の弾圧制作で、無国籍状態で生活してるのです。

難民の人道支援について、「先進国なのに受け入れ体制が整ってない」と国際的に非難される国、日本。←完全に誇れることではない。

その我が日本で、近年の難民認定数の過半数以上をこのミャンマーから受け入れているのです。

それだけミャンマーの少数民族は政府から過激な弾圧を受けてるんです。

前回のブログでも書いた、タイ北部に住む首長族は実はミャンマー出身。政府の軍事的圧力から逃れるためにタイに逃げ出した人たちがルーツで、2017年現在も住む場所の自由はもちろん、タイ国内の移動や別な国へ旅行に出かけることもかなり制限がある状態で生活しています。

 

近年やっと観光客の受け入れを開始したミャンマー。
まだまだ外国人立入禁止区域も多いミャンマー。

入国するにあたりこんなに考えた国は無かったように思います。

 

でもこうやって、少しずつだけど国際情勢や歴史、自分の知らないことを知っていく「旅」と言うものは本当に終わりがないですね。

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実際のミャンマーは。

ミャンマーに滞在したのは約10日間、ヤンゴン→バガン→マンダレー→インレー湖→ヤンゴン

各都市は夜行バスでおよそ1,000円位、物価も安くバックパッカーには優しい国で。どこに行っても、外国人と言う事だけで「ミンガラッバー」と笑顔で挨拶される本当にのどかで平和な国。

ご飯は少しオイリーだけど、首都ヤンゴンには日本食レストランも揃っているし、これからどんどん経済発展するんだろうなという兆しがみられました。

おそらく僕がネットでいろいろな情報を得ずにミャンマーに行っていたら、

ミャンマーは「本当に良い国で本当に人の優しい国だ。」

いたと思う、この国についての情報得るのは必要なかったかもしれない。そのほうが幸せだったと思う。実際Instagramなのでミャンマー旅行と調べると、美しい観光地や現地人の笑顔が多数出てきます。

ばな
結果から行くと僕は民族間紛争について、ミャンマー人に意見を求めることができませんでした。

今思い出してミャンマーのことを書こうと思っても、楽しい思い出しか無いし、だから余計に僕が見たミャンマーはどこか表面的な部分だけのような気がして、言葉でシェアすることができません。

なので興味がある人は、ぜひ行って感じてきてほしいと思います。

ミャンマー散歩。

なんだかシリアスな話になってしまったので、ミャンマーの素敵な旅写真をどうぞ!!!

 

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ばな

[1986生まれ 大阪出身] フィジー留学の後、オーストラリアで2年美容師として働き2017年夏に帰国。フリーランスとしてマルチに活動 自分の経験を元にブログメディアを運営してます。 ▶twitterInstagram