バナの詳しいプロフィール

●1986年生まれ
●大阪府出身
●20歳の時に上京
●28歳で渡豪

名前の由来

まず、バナという名前の由来は『バナナ』しゃくれているからである。

ただ、明らかに自分よりアゴがしゃくれてる初対面の人から『なんでバナなの?』って聞かれたらマジで答えづらいのでそっとしておいて下さい。

それでは人生のハイライトです。

初のアルバイトは携帯電話の組み立て

高校時代はサッカー部(応援要員)でバイトが出来ず、どうしてもお金が欲しかった僕は『携帯電話のレプリカの組み立て』という、高校生らしからぬ内職のバイトを始める。

ひとつたった2円の組み立てを積み重ねて4000円の帽子を買ったのは良い思い出。

新聞配達時代

どう頑張っても時給400円程度にしかならない内職の仕事を辞めて、早朝の新聞配達を始める。(もちろんサッカーも継続。)

内職に続き完全歩合制の仕事なので、いかに効率よく仕事をこなすか?という事を考えるのが得意になる。

月収は3万円に。

初の給料で買ったのはエアフォース。

バイトをかけ持つ

サッカー部(応援)を無事勤め上げ引退。ふぐ鍋屋さんでバイトを始めるも『店長がフグ調理の免許を持っていない。』ことに驚愕する。

鍋シーズンの連勤に加え、高速新聞配達で歩合も伸び、高校3年生にして最高月収は18万円。

専門学校時代

特に目立った成績ではなく、唯一と言っていい功績は学内選考を突破してTONI&GUYコンテストの全国大会に出場。

美容師免許の試験はインフルエンザで39度近い熱を出し、フェードアウトするように卒業。

(無事合格したが、記憶はマジで無い)

地元の美容室や日雇い派遣のバイトで月3〜4万円の収入。

大阪から東京へ

表参道の美容室に就職したため、夜行バスに揺られて上京。

渋谷のスタバでスクランブル交差点を見下ろしながらケツメイシの『東京』を聞き号泣する上京初夜を過ごす。

上京の理由は『東京を見ずに死ねない為。

表参道美容師時代

暗黒の1年間a.k.a 精神と時の部屋。

退社時間は早くて0時半。

週2回程度、不定期に開かれる『オーナーの有難い話』は深夜2時まで続くも、毎朝8時から朝練は変わらない。

お客様に触れる事は許されず、フロアに立つ事も許され無いまま1年間掃除とシャンプー練習しかせずに退社。(事実上のクビ)

この時の逸話を掻い摘むと、

 

 

土下座した後にオーナーの蹴りが入る説教部屋。

 

◯別店舗のスタッフがオーナーに殴られて肋骨を骨折する

 

◯睡眠不足で家に帰る時間が惜しく週に1度マクドナルドで仮眠してそのまま出勤

 

◯酒を飲まされ(弱いのに)、吐いたら先輩に殴られてボコボコにされた。全く笑えない社員旅行in屋久島

 

◯いつオーナーがタバコを吸ってもいいように、ライターと灰皿を常備。

 

◯ある日突然。オーナー『お前髪がダサいよ』

→清潔感が出るようにと先輩が営業後にカットして下さった俺の頭を丸坊主に

→次の日オーナー『坊主?お前ダサすぎ、もうフロア出るなよ。

よって、フロア出禁となり見えないスペースので永遠に掃除する事になる。

 

◯11ヶ月勤務後、事実上のクビを言い渡され、紙袋に全ての荷物を入れて退社。

(しかし、店にあった1番でかい紙袋がGUCCIの紙袋だった。)

帰り際にオーナー『(GUCCIの紙袋を使った事に対して)お前には似合わない、最後まであつかましい奴だ。

の捨てセリフを吐かれてドロップアウト。しかしながら、この経験が自分の基礎になったしいい勉強だったと思う。

(他にも語り切れないストーリー多数。)

それでも月収は14万5000円。給料泥棒。

退社して無気力に

6畳一間の部屋で、モバゲ→コンビニ→モバゲー→コンビニ→モバゲ→AV鑑賞→コンビニ。

を繰り返すだけの日々を3週間過ごす。現代医療で診察したら多分、鬱。

ひたすらに西を目指す

ああ、俺はこのまま大都会東京に埋もれてしむうのか。などと考えてた時にふと頭をよぎったのが『こち亀の両津勘吉が京都から東京まで自転車で行くエピソード』

これだ!と、深夜2時から自転車に跨り西へ。ちなみに、時期は3月。

雪の箱根峠を乗り越えたら身体に力が湧いてきて、3日目は浜松〜大阪間300kmを22時間かけて走破。

人間やればできると思うも、帰りは東京へ自転車を郵送。

フリーターで給料30万円

東京に戻ったものの、どうしても美容師で再起を図る気になれなかった。一種のトラウマのような。

でも生活するにはお金が必要なので、ドラッグストアと居酒屋をかけ持つバイト生活を始める。

月収は30万円。

最高!なんだけど、金で幸せは買えなかった。

美容師復帰後1ヶ月でクビ

4ヶ月が過ぎた頃、猛烈にバイトに行きたくなくなる。と、同時に美容師に戻りたい欲求が身体に溢れる。

すぐにバイトを辞め、下北沢の美容室で働き始める。

が、しかしオーナー夫妻にオーナーの妹とというスーパーアットホームな環境が前の職場と違い過ぎて噛み合わない自分。

『君は人に慣れた方が良い。うちは個人経営で1日の客数も限られてくる。大型店に行ってみてはどうか?』

の、アドバイスと共に再び無職に。

(試用期間で解雇)

全てを投げ出し沖縄へ

試用期間の給料も支払われると知った僕は、フリーター時代に買ったパソコンを叩き翌日の便で沖縄へ。個人で慰安旅行。

一眼レフ片手に3週間沖縄を放浪。

面接に合わせて再び上京

再び働く気力が出てきたので、沖縄から東京に履歴書を送り面接の日程を決める。

履歴書は沖縄の消印でバカンス感満載のため、不採用。

その後、東証一部上場の美容室に無事入社し、吉祥寺店に勤務。

給料は14万円。

1年でスタイリスト?

しかし、会長は絶対の一代で築き上げられた美容室の闇は深かった。

会長』の鶴の一声で、本社で早期教育アカデミーが始まった。それは、2年目を対象に1年でスタイリストに昇格させるというもの。

幸か不幸か、一つ上の先輩が辞めたので僕もアカデミーに通う事に。

『会長が決めた案は絶対に成功させる。全員がスタイリストにならないと会長の顔に泥を塗る事になる。』

という謎の会社的圧力が加わり【実力以上】の成果が出て、アカデミー受講者は【全員がスタイリスト試験に合格】する。

つまり『名ばかりスタイリスト』が量産。

日本一下手くそなスタイリスト

カリキュラムを卒業し、肩書きはスタイリストになったが、どれほど下手くそだったかというと、

モデルカットは3人しかしてない。

と言えばお分かりになるだろう。

一年で詰め込んだ物をしっかり消化させる為に、(百貨店に勤めてたので)百貨店の従業員を捕まえては、毎晩モデルカットに明け暮れる。

そしてスタイリスト試験合格から約一年かけて本格デビュー。

当たり前のブラック業界

育成カリキュラムもさる事ながら、商品売上が足りないと自腹購入する伝統があった。

本社から与えられた目標を達成する為に数万円分のシャンプーを購入するスタッフ一同。

今年の商品目標達成来年の目標や期待値爆上げ

という、魔の悪循環

商品目標達成できないと販売ミーティングに駆り出され、疲弊し痩せていく店長

営業後のカルテ記入中に寝落ちして全くペンが進まない先輩スタイリスト。

技術売上の伝票を商品売上に書き換えていたのが本社にバレて、飛ばされる他店の店長。

そんな中でも、一応上場企業というだけあって週休2日(講習で潰れるけど。)だし、社会保険あるし、集客する体力もあるのが有り難かった。接客に慣れてない自分を成長させてくれた会社。

結局丸6年勤めた後、退社。

売上は120〜140万くらい。
月収は手取り20万ちょい。

1DKから1Bへ引っ越し

私生活では退社の1年前から海外に行く為に貯金を始める。

まず家賃を減らす為に、1DKのマンションから、15人が暮らすシェアハウスへ。

半分は外国人、部屋は4人部屋で間取りは二段ベットのスペースだけ。僕は1Bと呼んでいた。

家賃79000円→34000円

退社して業務委託と面貸しへ

出国までの1ヶ月半は、同時流行り出していた業務委託の格安サロンで日払いのバイトや、前から担当していた友達は知り合いの美容室で面貸しで担当し、出国の準備を始める。

業務委託の仕組みや来店客と価格の関係性等を少しでも感じれたのは良い経験だったと思う。

日給5000円〜15000円

2015年フィジーへ

出国前にこのブログを開設する。

年が明けて2015年、まずは語学留学の為にフィジー共和国で3ヶ月過ごす。

常夏の楽園『世界一幸福度の高い国』にも選ばれたフィジーの裏と表を垣間見ながら、勉強をする。

そして渡豪

シドニーで6ヶ月美容師として働き、マーガレットリバーで4ヶ月ニワトリファームで卵拾い。

パースで美容師をしながら7ヶ月過ごし、メルボルンでも6ヶ月美容室で働いた。

その間に、財布盗難、交通事故、交通裁判、ギックリ腰、車上荒らし、無免許運転の誤認逮捕、裁判所出廷。

と、トラブルが絶えないオーストラリア生活や、英語圏で美容師として働く為のアレコレをブログで情報発信する。類まれな美容師人生から生まれた視点があるから書ける記事もあるんだと思う。

今後

2017年3月末現在、アジア周遊の後、日本に帰国。
帰国後の予定は大阪と東京で定期的に美容師をしたいという事以外は未定。田舎と都会の二拠点生活を目論んでいる。(仕事ください)

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ばな

ばな

[1986生まれ 大阪出身] フィジー留学の後、オーストラリアで2年美容師として働き2017年夏に帰国。フリーランスとしてマルチに活動 自分の経験を元にブログメディアを運営してます。 ▶twitterInstagram