11月10日の脳内整理 ーばなの生ブログー

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ばな

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[1986生まれ 大阪出身] フィジー留学の後、オーストラリアで2年美容師として働き2017年夏に帰国。フリーランスとしてマルチに活動 自分の経験を元にブログメディアを運営してます。 ▶twitterInstagram

2017年11月10日に思うこと。

以下音声入力でお送りします。

11月に入ってから毎日のようにブログを更新しているが、今僕はこのブログを思うがままに描いてみようと思う。

人々が何かを発信するときにそこにスマートフォンがありパソコンがあり、Wi-Fiが通ってあり。

僕が生まれた1986年には考えられないような未来の中僕は生きている。どれぐらい未来かと言うと夜中にイヤホンをつけながら、マイクに向かって話すだけで文章が書ける位の未来を僕は生きている。

この文章はインターネットの中に永遠に残り、100年経った未来からでもアクセスできるのかもしれない。

とんでもない時代になったと思う、人々はここ数年で圧倒的な便利さを手に入れた。

もはや洗濯は洗濯機に入れれば乾燥まで自動で行われ、冷蔵庫に食料入れなくても、松屋に行けば、24時間、それも安い値段でお腹を満たすことができる。

自分たちの生活を向上させるために、テクノロジーは発展した。人々が自由になるために人々がもっと快適に暮らせるためにテクノロジーは発展したんだ。

では僕らは過去よりも圧倒的に時間を得たのであろうか?

みんながSNSに夢中になり、インスタ映えや、美容師だったら自分のスタイルを世に打ち出すことに重点を置く未来だ。確かに世の中は便利になったかもしれないが、それに比例して自分たちが自由を得たかと言われればそうでは無い。

だが、圧倒的に自分たちの時間を削減することができるようになった。

インターネットを使って、アマゾンで何かを頼めば次の日の翌日には届く世界。スマートフォン1つあれば、流行の音楽や映画や世界中のライブ映像をすぐに見ることができる。

世界中どこに行ってもインターネットは同じサービスを同じ価格で同時に受けることができる。

そう、世界中どこにいてもほとんど変わらない生活を送ることができるのだ。

だとしたら僕たちが日本で生きる意味、僕が東京で住む意味、海外に出て行く意味は何を基準に考えればいいんだろうか。

自分の話になるが、オーストラリアの西海岸パースに住んでいるとき僕は満足した生活をしていたように思う。自分の家から徒歩10分で美しい港町フリーマントルまで行けた。職場は9時から5時まで働けば残業もなく月に300,000円程度の収入を得ることができた。車持っていたし、職場から5分行けば180°の美しいパノラマビューでインド洋を見渡せた。

ワーキングホリデーでオーストラリアに住むって言う事はいろいろ不都合な真実を受け入れる覚悟があるだろう。5人部屋6人部屋で月60,000円も払わされ、同じ境遇の仲間と一緒にギリギリの生活を送ったり。日本食レストランで働いて違法賃金を得ることだってザラだ。

そう考えると僕のパース生活は完全に充実していた。

だけど、僕は満たされていなかった。

なぜ僕が満たされていなかったのかは本当のところわからないが、時折寂しさに襲われることがあった。

そんなあるときある時ふとした光景が、僕の胸に突き刺さった。

背の高いオーストラリア人のカップルが、大きい犬と小さな子供を連れて海岸沿いを歩いていた。

無い物ねだりと言われてしまえばそれまでだと思うが、僕にはそれがすごくうらやましい光景に写った。自分のパートナーと(ペットも)がいればきっと幸せにあの空間で幸せだったと思う。

それが、言語の違う国に入るからかどうかわからないが、僕は自分の持っていることを心から相手に話せるような友達がその時になかった。もっと言うと自分の大好きなパートナーがそばにはいなかった。(離れていたわけではなく、そもそもいない)

この辺の部分を要約すると「自分の身近にあるものが1番大切だよ」と言うありきたりな答えになってしまうかもしれないが、僕はそのありきたりな答えは全ての物事においてベース捉えるようにしている。

まぁ、平たく言えばミニマリストと言うことだと思う。

僕はメインできはいてるパンツは2枚同じものを履いている。シャツも3枚しかも同じもの着回している。

もちろんアウターはいくつか買ったし、物欲がないと言われれば、ないわけではないが、自分の物欲を駆り立てられるような行動を自らしない。

2年半の間僕はバックパック1つで生活してきた、だから自然とものを買うときにこれは本当に必要なものなのかを非常に考える癖がついた。自分の身の回りに置いておくものはお気に入りのものを置いてきたいが、自分の手に余るようなものを求めてはいない。

ただ何か専門性があるものは、高くても買うようにしている。必要なものに関しても、ちょっと高くても買うようにしている。何だか最近自分の中では、物事の大量消費時代が完全に終わった。

正直、自分が日本に帰国した時に東京に戻ってくるつもりはあまりなかった。だけどなんとなく東京に決めた、それは東京と言う街が人を惹きつけて止まないからだ。

東京の何が面白いのと聞かれたら、僕は人だと答えるだろう。東京と言う街は人を引きつけ日本中からいや世界中から新しい人を招き入れてくる。

だから僕は東京にいるし、東京にいるんであればいろんな人たちの意見を聞きいろんな人たちと触れ合って世界を感じることが大切だと思う。

ただ僕も31歳そうそう若くは無い。

自分がこの先の人生何をしたいかって言う事は嫌ほど考えてきたけれど、自分が40歳50歳になった時に今のまま東京で生活をする事は多分ないだろう。

もっともその頃平均寿命が何歳になっているのか分からないし40歳50歳といっても働き盛りの若者なのかもしれない。

世界中の壁は解け、どこにいても世界中どこにいたって同じサービスを受けられ同じように生活ができる未来が今よりもっともっと近くなっていると思う。その時に僕は生活コストのかかる街にずっとこだわり続けて、生活していくこともないだろう。

世の中いろいろある。 二極化迎えると言われてる世の中だがもっともっと格差は広がっていくだろう、具体的に言えば稼げる者と稼げない者。

稼げるものであれば(寿命100年とするならば今の稼げるレベルよりも何倍も稼がなくてはいけない)東京に残ることだって世界の市場で勝負することだってできるだろう。

確かに稼ぐ事はリスクヘッジになる、稼がないと始まらない問題もある。正直稼ぎたいって言う思いもある。

だけどそんな資本主義に中指立てて、面白い人たちと面白い人ことをして、資本主義社会から少し斜め上に行ったところで楽しく生活できればそれもまた幸せなんじゃないかと思う。

何が言いたいかって、夜道を歩きながらプラプラの脳内整理をするだけでこれほどの文章が書けるようなテクノロジーを僕は得ているって言うこと。

本当に、可能性しかない未来になったなぁと思う反面、デジタルに偏っている自分の私生活に嫌気がさす。

まぁこんだけ長文読んでいただいた方はきっと僕のことを多少なり気にしてくださる人だと思うので、よかったら寂しがりやな僕を連れ出してくださいな。

完全に暇です。

ー99%位音声入力で書いて多少の修正をかけました。支離滅裂に関してはご了承ください。

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高円寺のフリーランス美容師です。

マンツーマンスタイルで、しっかり時間を使った【あなただけの美容師】になる活動をしています。 美容室が苦手な人に来てもらいたい!

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